ペル×ビビ
『雷 いかづち』
アラバスタは砂漠の国だ。それでもオアシスなどが存在するのは、雨季があるからだった。
国王によれば、アラバスタはかつて緑の大地だったという。
飛行能力を持つ私はアラバスタの空を巡りながら、一面に広がる砂色の景色が緑で覆われた姿を想像する。青い空と、緑の大地と、そこで笑う人々。
失われた文明とその記録。
――いったい、八百年前になにがこの国で――世界で起こったというのだろう。それを知ることすら、今の世界では罪とされる。
王都アルバーナの上空が曇りはじめているのがわかった。雲の中で稲光が走り、遅れてゴロ、と小さな音が聞こえ始める。
雷に震える幼い少女の姿が脳裏を駆けた。
――急がねば。
気流に乗り、速度を上げる。
ペル、と。
私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
私が王宮につく前に雨がすでに視界を覆っていた。濡れたままだと廊下を濡らすので、直接自分の部屋へと向かい、バルコニーで変身を解いた。
カッ、と走った稲妻が王都を照らす。窓を開けて中に入ると、数秒遅れて背後から雷の音が大音量で響いた。
「近くに落ちたか……」
王宮や時計塔、王都を囲む外壁の各所に避雷針があるので、直接街に被害が出ることはそうない。
鳥のときは羽毛で身体が濡れることはないが、人の姿になると雨に濡れた服がずしりと重く身体にへばりつく。
帽子を脱ぎ、歩きながら上着を脱いだ。
「早く行かなければ……」
きっと、彼女が雷に怯えているに違いない。
「お帰りなさい、ペル」
「はい、ただい――」
――！？
慌てて振り返れば、寝台に青い髪の少女が腰をかけていた。
「ビビ様……！？」
「まあ、なんて顔をしているの、ペル」
ふふ、と王女は笑った。
「急いでどこかへ行くの？」
再び雷が王都を照らすが、王女は雷の光を楽しむような面持ちだった。
「ビビ様のもとへ……」
「あら。ならここへどうぞ」
ぽんぽんと、自分の隣を叩く。
私は唖然と彼女を見るばかり。そんな私にきょとんと首をかしげて、王女は立ち上がった。
「ペル、どうしたの？」
「どうしたのではありません……！ 貴女こそ、どうしてここに」
「鍵が開いていたから」
「か――鍵？」
鍵がなんだって？
「ペルに会いたくて来たら、鍵が開いていたから入ったの」
「このような時刻に男の部屋へ一人で来るなど……！」
「空は暗いけど、まだ夕餉前よ？ それにカルーも一緒だわ」
寝台の上でもそりと何かが動き、超カルガモのカルーがクエッと鳴いた。
「あ、ああ、そう、カルーも……」
いる……から、いい……のか？ いやいやいや。
「ペル、どうしたの、変よ」
怪訝な顔の王女は、ふと視線を下げて、私の身体に手を伸ばしてきた。
「――！」
王女の白い手があらわになった上半身に触れた。先の戦乱で生死を彷徨ったほどの傷。生きていたことが奇跡と言われた――すでに包帯も取れているが、全身に広がる傷跡はいまだ知覚が過敏で、触れられた箇所から電気が走った。
――違う。傷が原因じゃない。
私は一歩下がった。
「ビビ様」
おやめください、と言外に含めると、ちらりと王女が笑った。
「うん。――まだ痛む？」
「痛みはありません。もう、飛べるようにはなりました」
「そう」
よかった、と王女の表情が柔らかくなる。
たった二年。
彼女が行方不明になって二年。その間に身長だけでなく、面差しも変わった。その内面も――。
この王女はもう、雷を怖がって震えていた幼い少女ではないのだ。
潜伏してBWを探っていた二年でどれほどの苦難を潜り抜けてきたのか、そのことを王女が口にすることはない。
その二年の差が私をひどく戸惑わせる。
「ビビ様、着替えますから」
「うん」
王女は頷くが退かず、一歩前に出て、さらにもう一歩前に踏み出し、ことん――と私の胸に額をつけた。
心臓が高鳴る。
「ビビ、様」
「うん。少しだけ、――少しだけ」
ほう、と息を吐いて、王女の肩がゆっくりと下がった。私が緊張して硬くなっていると、顔を上げて王女はくすりと笑った。
「とても冷えてるわ。シャワーを浴びないと風邪を引いちゃうわね。――ここで待っていてもいい？」
否、と口にしようとしたが、私は苦笑を漏らして彼女の頭に手を置いた。
「いいですよ」
王女はホッとしたように笑顔を見せると、寝台に戻ってカルーの身体に抱きついた。
「早くしないと夕餉に遅れるわよ！」
「はいはい」
せっかちなところは昔と変わらない。
思わず笑みが漏れた。ビビ様、と声をかけると、王女はカルーの羽に埋めた顔を上げた。
「何？」
「そこで寝ないでくださいね」
「……」
王女は眉を寄せて唇を尖らせた。
「寝ないわよ」
そんな仕草も幼いころから変わらない。それがひどく私をホッとさせる。
王女を見て、ニッコリと笑った。
「安心しました」
「――ペルのばかっ」
王女が枕を投げてくる。それを受けて、声を出して笑うとシャワールームの戸を開けた。
了
【ワンピ書きさんに108のお題 001】
2006.12.06