ロイアイ
『プレゼント』
「大佐……？」
東方司令部の執務室。
リザ・ホークアイは、目の前に差し出された小さな箱をまじまじと見つめた。５センチ四方の白い箱。差し出している人物は、直属の上司にあたる一人の男だ。
「指輪だ、中尉」
「……」
リザが受け取らないので、大佐は箱を開け、中から台座を取り出した。
台座には、シルバーの輝きを放つ、小さいけれど幅広い指輪がはまっていた。もしかしてプラチナなのかもしれないが、リザにはわからない。指輪の中央に、コバルトブルーの石が緩やかな半円を描いている。
「さ、早く。つけたまえ」
ぐいぐい、と押し出してくる。
「あの……これから任務があるのですが」
「だからこそだ。潜入捜査は危ないから、絶対にこれが必要になる」
「……はあ」
大佐は指輪を台から抜き、リザの左腕を取った。
通信機にでもなっているのだろうか――されるがままの状態で、リザはぼんやりと思った。リザの前髪と、大佐の前髪が軽く触れる。リザは、黒い前髪からのぞく端整な眉や深い色の瞳をじっと見つめた。
――前髪が伸びてる。……あ、ニキビ。
リザは、大佐の額に赤く小さな炎症を見つけてしまう。バレンタイン以降、あれだけ大量のチョコレートを毎日食べているのだからニキビも当たり前だろうが。
「……」
リザの苛立ちに気づくことなく、大佐はリザの指を支え、どこか覚悟を決めるような勢いで、すうう……と彼女の指に指輪はめた。
「あ」
「あ」
背後で声がした。
ハボック少尉とブレダ少尉だ。
なに、とリザが振り返れば、二人は首を横に振っている。変なふたり、と前を向けば、満足げに笑う大佐の顔がすぐ目の前にあった。紅潮した頬。まるで子供のような笑みで嬉しそうに笑っている。
「……」
リザは思わず顔を赤くしてうつむいてしまう。大佐のこの笑顔に弱い自分を自覚していた。大佐のキザな笑みよりも、こういう素の笑顔のほうがドキリとしてしまう。
いつもは皮肉な笑いを浮かべてばかりいるのに、こうして自分に向かうときだけ、ときおりこんな表情を見せる。いや、もしかすると、リザが知らないだけで、他の女性に対してもこんな表情で笑うのだろうか――そう思ったとき。
「中尉？」
大佐に握ったままの指を揺すられた。
「どうした」
大佐が小首をかしげていた。
「え？」
「……」
「なにか」
大佐がリザの瞳をじいっと見つめてくる。けれど、リザの瞳にあるのはかすかな苛立ち。
男が困ったように小首をかしげるので、リザも小首をかしげた。
「なにか？」
「いや……なんでもないが」
歯切れが悪い。ああ、とリザは思い当たった。お礼を口にするのを忘れていた、と。
リザは先ほどの疑問を振り払い、にっこりと笑った。
「ありがとうございます、大佐。――確かにそうですね。女性ですから、指輪のひとつやふたつ身につけていなければかえって怪しまれるところでした。ご配慮ありがとうございます」
「……ああ、まあ、そうだね」
さらに歯切れが悪い。
「……大佐？」
「ええと、その指輪。銃になっているんだ」
「え」
ここを――と、大佐は指輪についた小さな石に触れる。
「砕くと、５秒後に中からレーザーが発射される」
「……レーザー！？」
錬金の技なのか、科学の技なのか。玩具かもしれない、とリザは指輪に目を落とした。けれど、大佐は真面目な顔。
「一度しか使えないが、壁くらいは軽くぶち抜ける」
リザの頬が、かすかな興奮に紅潮していく。瞳が輝いた。
確かに潜入捜査にはもってこいの武器だ。これなら、いざというときにも困らない。
大佐がリザの様子に目を細めた。
「気に入ってくれたかな？」
「はい、とても」
それはよかった、と大佐は腕を組んだ。
「ずっと身につけておくように。――いいね？」
「はい！」
リザは表情を引き締め、敬礼した。
踵を返したリザは、左手の指に輝く指輪を軽く揺らしてみる。
ハボック少尉がタバコの煙を吐いた。椅子の背を軋ませ、立ち上がる。
「中尉、見せてもらえますか」
顔を指輪に近づけてくる。リザは、彼がよく見えるように、左手の指が反るほど大きく開いてみせた。
「はあ〜、すごいっすね」
軽く唸った。そして、軽く首を捻る。
「中尉は、ミセス……としての任務ですか？」
「いえ、違うわよ。どうして？」
「じゃあ、恋人がいるから手を出すなって牽制っすね」
「……？」
リザはきょとんとし、自分が、とてつもなく重要なことを見落としていたことに気づいた。
「薬指……っ」
だから、大佐はあんなに変な顔をしていたのだ。
リザは今ごろ顔を真っ赤にして、背後の机を睨んだ。
「大佐！」
「鈍いところも君らしくてヨシ」
にっこりと、絶対的な笑みを男は浮かべていて。
「外してはだめだよ、中尉」
虫除けだからね、と言った。
了
2004/03/11