殺生丸×りん
『左腕』
再生した左腕をりんが物珍しそうに触る。最初は遠慮気味に。何も云わずにいると無遠慮にぺたぺたと触ってきた。
りんと出会ったときにはすでに失われていた腕だ。珍しいのはわかるがあまりにしつこいので振りほどくと、子どもはころんと転がり、きょとんとしてからにっこりと笑った。
「よかったね、殺生丸さま」
嬉しそうに笑う子どもを無感情な目で見下ろした。
「うれしいか」
「はい！」
まるで自分のことのように子どもは笑う。
初めて出会ったときもそうだった。怪我をしているので顔をどうしたと聞いただけなのに、この娘は嬉しそうに笑ったのだ。
……あのとき、なぜ彼女が笑ったのか、今でもわからない。
「新しい刀もよかったですね。かっこいいです」
私が黙っていれば、りんはひとりで話し続ける。邪見がうるさいと言えば黙るが、黙っているのはその場だけ。翌日にはもう忘れているのだ。それの繰り返し。
私は刀を握っていた手を見つめた。
腕を取り戻したときのまばゆい光がまだ瞼に焼きついている。
喪失していた左腕。
失われた腕の代わりを得ようとしたがうまくはいかず、なければないでかまわぬと諦めた。そのときの苛立ちは異母弟に向かっていたのに、右手で刀を持てば小娘ひとり抱えることも出来ぬと思い知らされた時の苛立ちは自分自身に向けられた。
頭の中では存在し続ける左腕を咄嗟に動かそうとしたことは一度や二度ではない。
――あの時。
新しい刀を得たことよりも、左腕を得た喜びの方が勝っていた。
あれほど欲していた刀よりも、自分にとっては腕を得た事の方が重要だったとでもいうのだろうか――。
「でも、ちょっとだけ残念」
りんに視線を向けると、えへへと娘は笑った。
「殺生丸さまの左腕の代わりに、りんがお役に立てたらいいのになあって思っていたから」
大怪我をして動けなかった私に、水や食料を運んできたときと同じように――、か。
りんの発言を聞いていた邪見が「ずうずうしい」と呟く声が聞こえる。
確かに、と思うが、そう思うのとは別に、どこか可笑しかった。
左腕をりんへと伸ばし、指先で前髪に触れてすぐに離れた。
妖怪を貫き、殺し、簡単に引き裂くことのできる爪。それを目前に向けられても、りんの眼がそれに怯えることはない。それは絶対の服従なのか、それとも信頼なのか、愚鈍なだけか。
すでに失うことの出来ぬ者だと自覚した。
自覚はしたが――この感情をなんというのか、私は知らない。
知りたいとも思わない。
これはただの保護欲だ。
「くだらぬことを言ってないで、もう寝ろ」
ぞんさいに言い放つと、りんから顔を背けた。娘がそれくらいで竦むことがないのは承知の上。
ふわりと笑う気配と、
「はあい」
嬉しそうな声が返ってきた。
了
【５１８話 爆砕牙】
2007.08.23