墨村正守×春日夜未
『雨』
「……ったく、なんでいつも呼び出すのがこういうところなのよ」
喫茶店に入るなり、探す間もなく、ここだよここ、とにこやかに手を振る青年の姿が見えた。
和装に坊主頭――とはいっても、正真正銘の坊主ではない。
前髪の生え際には三日月の傷。まだ二十一歳だというのに、三十代か四十代といってもいいほどの落ち着きようは、世間一般の二十一歳と比べると貫禄がありすぎる。
見ているだけでイライラとするのは、自分が背も低く、実際の年齢よりも幼く見られてしまうからだろうか。いや――と即座に否定する。
「座らないの？」
「いちいち言われなくても座るわよ」
「なに怒ってるの」
「こんなところに呼び出すからでしょ。もっと服装に合った場所にしないさいよ」
「たまに食べたくなるんだよね」
子供みたいな顔をして、チョコレートパフェを注文した男を私は睨んだ。
そういえば、彼の弟もケーキを作るのが好きだったり、父親も料理が上手かったりするので、この男も実は料理が得意だったりするのかもしれない。三角巾とエプロンをして料理をしている夜行のトップを想像したら滑稽で、とりあえず溜飲が下がる。
墨村正守は急に笑った私を不思議そうに見上げたが、それを無視して向かいに座った。紅茶を頼んで店員が下がると、持っていた巾着からヨキを出した。
人差し指ほどしかない小鬼は私を見上げて「ヨミ」とかわいい声を出す。右手をテーブルの上に置くと、指に絡んで遊び始めた。
ふふ、と笑っていると、目の前から小さなため息が聞こえてくる。
「何よ」
キッと睨むと、男は肩をすくめた。
「別に。そうだ、これ、君にお土産」
す、と差し出された風呂敷を開くと、京都で有名な和菓子屋のシールが箱に貼ってあった。ふたを開ければ、パステル調の色彩が鮮やかな花の形の和菓子が六つ。確か、前もって予約をしないと購入できないものだったはずだが。
――深いことを考えるのはやめよう。
紅茶とパフェが運ばれてきたので、私は広げた風呂敷を元に戻して、端によけた。
「……ありがとう」
「うん」
男は嬉しそうにうなずいて、パフェに乗っていたウェハースを手でつかんで食べる。
――こんな子供みたいな姿。
彼の部下たちは知っているのだろうか。
じっと見ていると、何？ と視線で問われた。なんでもないわよ、と噛み付くように言えば、どうしてそんなに喧嘩腰かなあ、ととぼけたことを言った。こんな場所に呼び出されて、にこやかに雑談でもしろというほうがおかしい。
「そういえば、この前のお茶、すごく美味しかったわ」
「だろ？」
お茶や和菓子が好きなところは評価できる。センスもいい。土産と称して、たびたびくれるのはありがたい。
――でも、それだけだ。
「それで、今日は何の用なの」
「ん？」
仕事帰りに合流しようと、わざわざ式を遣してきたのだ。また何かを探れと無茶なことを言ってくるのだろう。今度は何を探ればいいわけ？ 男の言葉を待っていた私の覚悟とは裏腹に、あっさりと彼は告げる。
「お土産を渡そうと思っただけ」
「――は？」
「今のを」
「なんですって……？」
「君に」
それそれ、と指で土産を指差す。その指に、ヨキがつかまろうとぴょんぴょんと跳ねている。
ははは、と男は楽しそうに笑って。
私は立ち上がった。
「ふざけないでよ……！」
「ふざけてなんていないよ。デートしようかって言っても来ないでしょ」
「デ……！？ あ、当たり前じゃない！」
「声が高いよ。ほら、座って」
「……」
「目立つ」
「……」
――目立つですって！？
私は眉間にしわを寄せて男を睨んだ。
和装の男女が二人――という時点ですでに目立っていることをもっと自覚しろっての！
紅茶を男にぶっかけて店を飛び出してやろうかと思っていると、パフェのアイスをスプーンでザクザクと刺しながら男がクッと笑った。
「ねえ、知ってる？」
「何が！」
「君みたいなのを世間ではツンデレって言うらしいよ」
「ツン……？」
思わず言葉につまり、きょとんと瞬いた私を、男は楽しげに笑う。
「知らないんだ」
「し、知ってるわよ……！」
「ふーん」
何がふーんよ、嫌味なやつ！
私は土産の風呂敷を持って立ち上がった。
「用がそれだけなら帰るわ」
「まだ飲んでないじゃない」
「あんたと一緒にいるなんて真っ平ごめん。――行くわよ、ヨキ」
「でも傘持ってきてないだろ」
「はあ？ なんで傘が必要なのよ」
「雨が降っているから」
「――――」
え、と慌てて窓の外を見たら、いつの間にか道路が濡れている。
「うそ――」
天気予報でも今日は晴れだったのに――。
洋服ならともかく、和服で雨は天敵だ。
ははは、と男が笑った。
「雨嵐がいるのかもね」
のほほんと答えながらパフェを食べる男に、私の怒りは頂点に達した。
「知っていたのね！」
「知らないよ」
「嘘！」
「嘘じゃないって」
「だったら早く退治してきなさいよ！」
「声が高いって」
「どうせ結界を張っていて声なんか聞こえないんでしょ！」
「ははは」
わかった？ と男は笑う。
やっぱり、と私は男を睨んだ。
――ああ、もう、最悪。
私はむっとしたまま再び元の場所に戻って腰掛けた。
「なんだ、帰らないの？」
「――帰ってほしいわけ？」
「いや」
男は今までのようなふざけた表情ではなく、どこか真実を含ませた笑みを浮かべた。もっとも、もともと目つきが悪いから、何かをたくらんでいるようにしか見えないのだけれど。
ゆっくりしていきなよ、と穏やかな表情で言う。
「俺がいない間に、何か変わったことはあった？」
「……」
私は男を睨んだ。
――どうせ私が何を言っても、すでに知っていることばかりなくせに。
「別に……大きなことはないわ」
「じゃあ、小さなことを教えて」
優しい物言いで先を促す。
パフェを食べ終えるまでは雨嵐を退治しに行くつもりはないだろう。私だけがカリカリしているのも馬鹿らしい。
――紅茶を飲み終えるまでだ。
私は息を吐くと、夜行の情報部が知らないような――調べたりもしないような、それこそ本当にどうでもいいような話を選んで話し出した。
了
【漢字一文字100題／001】
2007.11.07