トリスタン×パーシバル
『幸せそうな』
「ねえ、トリスタン」
朝練を終えて一息ついたとき、いつもは歌うように弾む声が緊張を含んで俺を呼んだ。
朝からずっと何か言いたそうな様子だったが、あえて知らぬ振りをしていたのだ。なんだ、と無言で視線を向ければ、パーシバルの瞳がまっすぐに俺を見上げていた。
宝石のように透き通った緑の瞳や白い肌、小振りの鼻に絹のような金の髪。西洋人形のような容貌。だが、小さな口をきゅっと引き締めて、いつものような笑みは消えていた。
「どうした」
俺が聞けば、パーシバルはしばしためらった後に、
「トリスタンはやっぱり胸の大きいほうが好きなの？」
と、言った。
いきなりなんだと眉をひそめれば、パーシバルはグリップに視線を下げて小さな手で握りを確かめる。ぎゅっぎゅ、と音をさせて――緊張しているのだ。
あのね、とパーシバルはつぶやいた。
「あと五年もしたら私も大きくなると思うの」
「なにが」
「――あの、ほら、金髪とか、瞳の色とかはトリスタンの好みには合っているわけだし、だから……」
「パーシバル？」
「あ、あのね」
焦ったように俺を見上げる少女に、俺は何のことを言っている、と無言の圧力をかけた。だが、他の者だったら怯むそれも、彼女には通じなくて。
「五年待って！」
俺は眉を寄せた。
「なにを言っているんだ」
「時々、見ているでしょ？ 試合で」
「試合？」
「移動中に、その……ギャラリーの女の人」
パーシバルの言っていることの意味がやっと分かって俺は溜め息をついた。
「そんなに見ているか」
「うん」
「金髪と緑の目？」
「うん」
それで、とパーシバルは言う。
「胸の大きな人」
「……」
俺はパーシバルを睨み、ピシ、と彼女の露になった額を指で弾いた。
パーシバルは「あう」と可愛い声を出すと額を押さえた。
「なによ、痛いー」
「馬鹿なことを言っているからだ」
「馬鹿なことじゃないもの」
「それで、あと五年したら胸が大きくなるって？」
視線を下げてパーシバルの胸を見れば、まな板のようにストンと落ちている。俺の視線にパーシバルは頬を染めて、ない胸を両手で押さえた。
「大きくなるのよ」
睨むように俺を見上げてくる。
「なる……予定なの」
自信満々の割にはずいぶんと不安そうに言うじゃないか。
俺は肩をすくめると、朝練を終了してきびすを返した。その後を、まるでひよこのようにパーシバルがついてくる。
「本当に大きくなるんですからね！」
「分かったよ」
「だから待っていて！」
「……」
「お願い！」
俺は立ち止まって、追いついてきた少女に苦笑した。
「分かったよ。待っていてやる」
「……」
パーシバルは驚いたように見上げてくる。自分で「お願い」しておきながら、そう返ってくるとは思わなかったのだろう。俺は再び歩き出した。
ギャラリーにいる金髪に緑の目の女性を見ている？
思わず笑いが漏れた。
俺の好みに彼女の外見が似ているわけではないのだと、わざわざ説明しようとは思わない。もしパーシバルが黒髪で褐色の肌であれば、俺の視線はその色に向かうだろう――ただそれだけのことだ。
パーシバルは駆けてきて、俺の隣に並ぶ。
「トリスタン！ 本当に待ってくれるの！？」
「なんだ不満なのか」
パーシバルはふるふると頭を振った。顎の位置で切りそろえられた髪が清涼な音を出す。
勝負の前のような強い光をその瞳に浮かべて、彼女は拳を握った。
「私、がんばるわね！ 五年も経てば、ぽよんぽよんよ！」
「……」
努力すれば胸が大きくなるのかどうかは激しく疑わしい。――しかも、彼女の場合、身長も人並みに伸びるのかどうか。
「……」
急に不安になった。
別に胸が小さくても気にしない――と、言ったほうがいいのだろうか。
身長だって、小さいままでもかまわないと――。
俺の視線に気づいたのか、パーシバルは顔を上げるとまるで花が開いたように笑った。
「待っていてね、トリスタン」
「……ああ」
俺は微苦笑をもらし、彼女の頭に手を置いた。
了
【かわいい10のお題／09 幸せそうな笑顔】
2006.07.31