トリスタン×パーシバル
『不満そうでも』
「トリスタントリスタン！」
夕食が終わると、食堂を出る俺を見つけて、いつものようにパーシバルが笑顔で駆け寄ってくる。
「部屋に戻るの？ 私も一緒に行く」
足は地に付いているのにどこかふわふわとして危なっかしい少女は、キャメロット学院に入ってきてから今まで、俺に対する態度は一貫している。
勝手にしろと、俺は返事もしないで歩き出したが、パーシバルはそんな態度にも慣れた様子で、楽しげに俺の隣に並んだ。
「あのね、私考えたんだけど」
前置きもなくいきなり話し始めるのはいつものこと。
彼女に視線を向けても、頭のてっぺんにあるつむじしか見えない。十五歳で長身の俺と、十歳で小柄な少女とでは、普通に会話を交わすには差がありすぎるのだ。
俺を見上げながら話しているとすぐにつまずくので、前を向いて歩けと何度口にしたことか。だが、実際にこうして彼女の瞳が見れないと、かすかな失望感を覚えるのだから笑ってしまう。
「トリスタンがもっとみんなに親しみを持ってもらえるように、あなたのことを愛称で呼んだらどうかと思うの」
……！？
驚く俺に気づかず、パーシバルはふふと笑った。大きな瞳が俺を見上げた。
「トリィなんてどうかしら！」
トリィ！？
なんだそれは。
アイスやマリュー、ライアンに「トリィ」などと呼ばれる様を想像して眩暈がした。
「やめろそれは」
「あら」
どうして？ とパーシバルは不思議そうに首をかしげた。大きな瞳が俺の顔を覗き込んでくる。
「素敵じゃない」
にっこりと笑って。
トリィのどこが素敵なんだと、思わずパーシバルの頭にチョップを食らわせたくなる。
子供というのは、なんにでも愛称を付けたがるものなのか？
パーシバルは階段を小走りで駆け上がると、くるりと振り返った。俺の行く手を阻むようにして小首をかしげる。
「私のことも愛称で呼んでいいのよ？」
段差が俺と彼女との身長の差を消していた。
パーシバルの愛称。彼女がみんなになんと呼ばれていたのか記憶にない。
そういえばアイスは……
――パー公とかなんとか……。
パーシバルが期待に膨らんだ表情で俺を見ている。愛称で呼んでくれるのを待っているのだ。
「パーシバルのままでいいだろう」
ス――と身体を移動させて、パーシバルの隣を通る。
「トリスタン！」
もう！ と怒って、パーシバルはシャツをつかんだ。そのまま歩き続けると、ずるずると滑るようにパーシバルがついてくる。
俺は苦笑して立ち止まった。
「分かったよ、パー」
「パー！？」
パーシバルは唇を突き上げた。「パー」では不満らしい。彼女の表情に俺は笑いを堪えた。
「なんて呼ばれたいんだ？」
パーシバルの瞳が嬉しそうに輝いた。
「あのね、パーシィとか……」
「パーで十分だ」
俺は冷たい視線で彼女を見下ろすと、露になった額を指で突付いた。
了
【かわいい10のお題／08 唇を突き上げて、不満そうでも】
2006.08.01