榎木津×美由紀
※ブログで回るバトンの回答です。苦手な方はお気をつけください。
『神様バトン』 美由紀編
朝、起きたら「神様」がとなりに寝てました。
「探――！？」
身体に回った腕の温かさに目を覚ませば、目の前には秀麗を通り越したような美貌があって私は硬直した。
――な！
なに！？
どういうこと！
母に抱かれていたときのような暖かさに、自分から彼の腕に入って行った記憶がよみがえって、私は脳内で大音響の悲鳴を上げた。
いやあああ……！！！
ここどこ！？
なんで私……！
慌てて探偵の腕の中から逃れようとするも、それを察した腕が自然と抱き寄せてくる。
――起きているの！？
いや、違う。
違う――、と思う。
私も探偵も服は着ている。
なんでいきなり探偵が私の隣に。というか、なんで私はこんなところで寝ているんだ！
なにひとつ答えは見つからない。ここが薔薇十字探偵事務所の社長の寝室――ということ以外には。
もごもごと寝言を口にした探偵を見上げれば、私を抱く腕に力が入って、顔が近づいてくる。私は慌てて彼の顔に両手を当てた。
ギャー！ 近い近い！！
私はぐいぐいと探偵の顔を離すように押した。
そんなことしてると「神様」が目覚めた！
「女学生君」
なんなの、と云いたげな探偵の声がした。
「探偵さん！ 起きてください！」
「なに」
「起きて！」
「起きているよ」
身体に回っていた探偵の腕が緩んで、私はそのすきに慌てて寝台から出ようとした。あたふたとしていると、
「うわ！」
寝台の端から足が滑って、私はそのまま落ちてしまう。
ドタン、とすごい音がして、お尻と肘を打った私はその場で身体を折った。
最悪だ。
「女学生君！ 大丈夫かい？」
探偵が寝台の上から声をかけてくる。心配している声ではない。ぷぷぷと笑いを含んで。
「大丈夫じゃないです！」
尾てい骨が割れるほど痛い。それでも肘に比べたらまだましで。
「なんで探偵さんがここに……！」
打った肘を抱えて涙目で非難すると、探偵はにっこりと笑った。
「おはよう」
「おはようじゃないです！」
「だって朝だよ？」
のんきな探偵の声に、私は唖然とした。
「朝！？」
「そう、コケコッコーだ」
ということは……。
「日曜日！？」
「うん」
「うそ！」
「嘘じゃないよ」
「うそ！」
「嘘じゃないって云ってるのに」
血の気が引いていくのが分かった。だって、外出届けも宿泊届けも出していない……！ 今頃、両親のところに電話が行っていたり、警察に届けが出ているかもしれないのだ。
顔面蒼白な私とは違い、あくまでも呑気な男はふわわとあくびをした。
「おなかがすいてしまったよ、女学生君」
何か作って、と探偵は云った。
「目の前のご馳走をずっと我慢していたのだからね」
「……」
私は眩暈を覚えた。
「神様」につくってあげたい自慢料理は？
無断外泊なんて、と泣きそうな私に、探偵は大丈夫と目を細めた。
「千鶴さんに電話してもらったから」
「千鶴子さんに……」
「そうだとも。僕が電話をするよりいいだろう？」
呆然としていた私は、はい、と思わず素直に頷いてしまう。
感謝すべきは探偵にか千鶴子さんにか。いやいや！ 絶対に探偵にってことはないだろう。
「なんで……！」
こうなったのか、の記憶がまったくない。
昨日はいつものように学校が終わってから探偵社に遊びに来て。
いつもの面々――探偵に益田さんに和寅さん、鳥口さん、そして珍しく木場刑事がいたのは記憶にある。事件が解決したからと、真昼間から酒宴の真っ最中だった。
彼らの楽しげな話を一緒に聞いていて――。
「置いてあった酒を水と間違えて飲んでしまったのだ」
「――」
そうだ、出された水を飲もうとして、――その後の記憶がない。コップが並んでいたから、間違えて手にとってしまったのだろう。それにしたって十二時間以上寝ていたことになる。探偵たちが事件を終えたように、私も試験が終わって疲れていたのだろうか。
探偵がじいっと私の顔を見てくる。長いまつげの下の鳶色の瞳に私はたじろいだ。
「な、なんですか」
「頭は痛くない？」
「は？ いえ……特には」
それより、と私は探偵を睨んだ。
「起こしてくれたらよかったのに！」
「酒の臭いをさせたまま帰るのかい？」
「――」
探偵はニコニコと笑っている。
煙草の臭いがつかないようにと、私が来ている間は煙草すらも控えている人だ。
だからといって、探偵と同じ寝台で寝ても云い――という理由にはならない。こういう場合、どちらかがソファーで寝るべきだろう。
それでも迷惑をかけてしまったことに変わりはなくて。
「その……ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、うん、と優しい声が返ってきた。
探偵はむくりと起き上がると、「お腹がペコペコのペコちゃんだ！」と叫んだ。
「ご飯を食べたら、ドライブに行くぞ、女学生君！ 玉子焼きが食べたい！ 目玉焼きでもいいよ。スクランブルエッグでもね」
「……卵ばっかりですね」
もっともそれくらいしか私も作れないけれど。探偵のことだからお見通しなのだろう。
「あとオニギリ。具はおかかが良い」
私は思わず破顔した。
「はい」
「神様」とドライブ、どこに行く？
ご飯を作る前に古書肆「京極堂」に電話をかけて、千鶴子さんにお礼を云った。すぐに電話に出たのは、やはり気になっていたからだろう。
彼女がどこまで知っているのかは分からないが、それでもいつもと変わらぬ優しい言葉と口調にホッとしたのは事実。
「今夜も泊まるようならまた連絡をちょうだいね」
とんでもない、と首を横に振ったのが分かったのか、受話器からは千鶴子さんの「冗談よ」という楽しげな声が漏れる。
電話を静かに切ると、黙って聞いていた探偵に笑った。
「電話ありがとうございました」
「なんて？」
「今夜も泊まるなら連絡をくださいって」
「うん、今夜も泊まっていきたまえ！」
「泊 ま り ま せ ん」
私はツン、と顔をそらした。
残念、と探偵は笑って、ソファーに背後から倒れたが、お腹がすいていたというのは本当だったらしく、ぐううう……と探偵のお腹から音がして私は慌てて台所に向かった。
「和寅さんはどうしたんですか？」
和室の襖は開いたままで、中には誰もいない。
しらない、と平坦な声が返ってきた。
台所に銀紙で包んだ皿があり、中を見ればオニギリがすでに作ってあった。探偵の朝ごはん用に昨日のうちから用意していたのだろう。
エプロンをして、冷蔵庫の中をのぞくと、卵がちょうど三つ残っていた。ちょうど玉子焼きが出来る……けど、失敗したら後がない。
――ああ、だからスクランブルエッグでもいいって云ったのか。
なんだか悔しくなってしまった。
事務所に顔を出し、私は探偵を呼んだ。
「探偵さん」
「なに」
「私、海に行きたいです」
くすりと、探偵の笑う気配がした。
「いいよ」
「神様」があなたにひとコト言ってくれるって！
やや焦げてはいるが何とか形にはなった玉子焼きに大げさなまでの称賛をして、探偵は「美味しい」を連発した。
米粒ひとつ残さずに食べて、探偵は満足げに笑った。
「女学生君は良いお嫁さんになるね！」
「探偵さんも褒め上手だからいい旦那さまになりますよ」
下手な料理でも美味しいと云って食べてくれるのだから、奥さんになる人は幸せだろう。
「もちろんだともッ！」
探偵が胸を張るので私は笑ってしまう。
箸を置くと両手を合わせて目を瞑る。
「ごちそうさまでした」
さてと、と皿や箸を持って立ち上がると、二人分の湯飲みを持って探偵がついてきた。
「探偵さん、休んでいていいですよ？」
「良い旦那さまは手伝うものなのだ」
探偵が真面目に云うので、私は可笑しくなってしまう。西洋では男性も普通に家事を手伝うらしいと聞いたことはある。そういえば、洋画でもよく男性は普通に料理を作っていて。
「じゃあ、私が洗うので、探偵さんは食器を拭いてしまってください」
「うん」
律儀に頷く姿がなんだかかわいい――などと口にしたら、機嫌を損ねてしまうんじゃないだろうか。
二人で並んで食器を洗うのはとても楽しくて、自然と笑みが漏れてしまう。
「ドライブって、車はどうするんですか？」
「昨日、鳥ちゃんが置いていった」
「そっか、飲酒運転……」
ただでさえ道に迷う人なのに、酔っ払ったまま運転したら自宅に帰ろうとして北海道にでも行ってしまいそうだ。
「あれからみなさん何時くらいまで飲んでいたんですか？」
「しらない」
探偵の短い言葉に顔を向ければ、探偵はにやりと口角を上げた。
「僕はずっと女学生君のそばにいたし」
「――」
「覚えてない？」
探偵は意味ありげな笑みを浮かべて、小首をかしげた。
「昨夜のこと」
「な、なにが、ですか」
何か粗相でもしてしまったのだろうか。胸がドキドキする。
「は、吐いちゃったとか」
「いや」
ぷ、と探偵は笑った。
「それはない」
探偵は可笑しそうに笑っている。
「覚えていないのならいいや」
「なに、なんですか」
「なんでもないよ」
「気になります」
「ほら、洗って。もう拭くのがないよ」
「気になります」
「後で教えてあげよう」
楽しげな探偵の笑みに、これは聞かないほうがいい――と直感した。
「やっぱり教えてくれなくていいです」
「教えるッ！」
ああ、なんだかすごく楽しそう。
――いったい、なにをしたの、私。
ううう、と唸りながら最後のコップを洗い、私はきゅ――と蛇口を捻った。
了
【○○様バトン】
2006.08.02
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