榎木津×美由紀
『神様バトン』 榎木津編
「神様」があなたのために歌ってくれるって！
一学期の期末試験が終わり、久しぶりに探偵社を訪れると、ちょうど事件を解決したばかりの面々が昼間から酒宴の真っ最中だった。
いつも事件が終わるたびにこんなことをしているわけではなく、たまたま今回の事件の依頼人が酒造関係の人間で、事件解決のお礼として大量に送ってきたのだという。
探偵に、探偵助手に、秘書に、刑事に、雑誌記者がそろっている。
私は導かれるまま彼らの間に座り、事件の解決譚を楽しく聞いていた。
喉が渇いたので水を飲もうとコップを取った。
そのとき、楽しそうにギターを弾いていた探偵の手が止まり、驚いたような表情をして私を見た。
「女学生君――」
「はい？」
なんだろうと疑問に思う間もなく、水を嚥下したとたんにカッ――と胸から顔が熱くなり、くらりと視界がゆれた。
「――ッ！」
探偵の声が響き、隣にいた木場刑事が私の二の腕をつかんだ。
「おい」
私の手の中にあるコップが傾く前に、刑事がそれを取り上げ、舌打ちをした。
「間違えて飲んだな」
間違えた？
何が。
顔中が火を噴いたように熱くて、身体中がふわふわとしている。
「大丈夫か？ ――おい、礼二郎」
私の前に跪いた探偵が、私の両指をつかむ。
心配そうな探偵に私は笑った。えへへへへ。大丈夫ですよ。安心させるつもりだったのだが、正反対の判定を下されてしまったらしい。
「女学生君、こっちで休もう」
つかんだ手を探偵の首の後ろに回されたので、そのまま探偵に身を任せると、膝裏をすくわれて抱き上げられた。なんだか雲の上を歩いているみたいで私は楽しくなってしまう。
「探偵さん、だっこ」
えへへ、と笑うと、探偵の苦笑する気配がした。
「もうしているよ。――和寅、水」
探偵は寝室に入り、私を寝台に下ろす。すぐさまふらつく身体を探偵の腕が支えた。
「飲んで」
探偵は、和寅さんからコップを受け取り、私の口に当てる。
飲んで、ともう一度繰り返すので、私は少しだけ口を開いて素直に水を口に含んだ。今まで熱くてひりひりするほどだった喉が冷えていくのが分かった。
はふ、と息が漏れた。
「この部屋、暑いです」
「部屋が暑いんじゃない。君が熱いんだ」
大丈夫ですかい、と和寅さんが心配そうに私を覗き込んだ。
僕ひとりで大丈夫だ、と云った探偵に、和寅さんは顔を歪めた。
「先生のことじゃありませんや。美由紀さんですよう。せっかく美由紀さんのためにオレンジジュースを買っていたのに、先生が飲んじゃったから」
「うるさいな。僕が見ているから、お前はあっちに行ってろ」
「はいはい」
「ドアは閉めていけよ」
「美由紀さんに何もしないでしょうね」
「なにをするというのだ、馬鹿者」
「そりゃあ、あんなことやこんなことを……」
「するわけがない」
信じていますからね、と和寅さんは何度も探偵に云って寝室から出て行く。
二人のやり取りが楽しくて笑ってしまう。気持ちがよくて目を閉じると、探偵が私の頭を支えてゆっくりと寝台に横たえてくれた。
窓が開けられ、風通しを良くすると、一足早い夏の気配がする。
す――と涼しい風が入ってきて、呼吸が楽になった。探偵の大きな手が私の頬を包んで気持ちがいい。
「寝ていたら気分が良くなるからそのままでいなさい。そばにいてあげるから」
静かな囁きが眠りを誘う。
探偵を見上げると、優しい笑みが返ってきた。
私は言いたいことがたくさんあったのだけれど、はいと小さく返答をして目を閉じた。とたんに、頬へ触れていた探偵の手が離れた。
ああ――。
また事務所に戻って楽しく騒ぐのだろうか。
飲んで、歌って、笑って、騒いで。
事務所からは再びにぎやかな声が聞こえてくる。
私だけ置いていかれてしまうのがなんだか寂しくて泣きたくなるのに、頭がぼうっとして口には出せない。
だが、探偵はいつまでたっても立ち去らず、そばにいてくれると云ったその言葉通りに、寝台を背もたれにして床に直接腰を下ろし、胡坐をかいた。
「探偵さん……」
声をかけると、振り向かぬまま「なに」と優しい声が響いた。
「歌って」
私が囁くと、
「歌？」
探偵が小さく笑って、振り返った。
「歌ってほしいの？」
はい。さっきみたいに。
口にはしなかったが、探偵は楽しげに笑い、いいよと云った。
私はすごく嬉しくて、幸せな気分のままに重い目を閉じた。
やがて、子守唄のように探偵のかすかな歌声が聞こえてきた。
「神様」があなたになにかひとつしてくれるって！
「榎木津さん」
益田さんの声がして目を覚ますと、薄暗い部屋の天井が見えた。事務所からの明かりがまぶしく光り、目がチカチカして痛い。
「美由紀ちゃんの様子はどうですか。もうそろそろ帰らないと寮の門限が……」
「――ああ」
そんな時間か、と探偵は立ち上がり、寝台に横になった私の額に手を当てて前髪をかきあげる。
「探偵さん……」
探偵は私の額に手を当てたまま、
「具合はどうだい？」
と問うた。
何のことだろう、と私は思う。ただ、探偵の手が気持ちいいので、私は再び目を閉じた。
部屋に入ってきた益田さんが苦笑した。
「試験明けで疲れていたから余計に酔いが回ったんでしょうねえ。どうしましょう」
「泊めればいいさ」
「え、どこにですか」
「ここに」
「……」
益田さんはわけの分からないことを口にしはじめるが、探偵は私の額から手を離して、寝室にある電話の受話器を取った。繋いだ先は京極堂。
「マスヤマ、寮の電話番号」
「で、でも」
「早くしろ」
「は、はいっ！」
バタバタと騒がしい音がする。古書肆が最初に出たのか、千鶴子さんに代わるように云い、私が日本酒を間違って飲んで倒れたと説明した。そのまま寝かせておくから、寮へ電話をかけてもらいたいと。
受話器を通して千鶴子さんの声がかすかに聞こえてくる。
「今はぐっすり寝ているよ」
「そうですか。気をつけてくださいね、女の子なんですから」
うん、と素直に返事をして探偵は電話を切った。
「おう、どうした」
木場刑事の声がして、私が泊まることになったことを益田さんが説明している。
寝室の扉が再び閉まり、しばらくすると、事務所は再び飲めや歌えの大騒ぎとなった。送られてきた酒を、全部飲んでかのような勢いだ。
私はなぜかホッとした。こんな騒ぎは嫌いじゃない。
そっと目を開けると、探偵は再び同じ場所に腰を下ろしていて、髪が手を伸ばせば届きそうなところにあった。
探偵さん、と呼べばすぐに振り向いてくれるだろう。でも、いつまでも探偵の髪を見ていたくて、私は気づかれないようにただそれを見続ける。
柔らかそうなふわふわの髪。
――触りたいな。
途中まで手を伸ばすが、触れてしまえば気づかれてしまいそうで、私はその寸前で手を止めた。
目を閉じると、私の意識は再び静かな闇に飲まれていった。
「先生――」
和寅さんの声に再び目を覚ますと、さらに部屋は暗くなっていた。あれからどれくらい経ったのだろう。
「夕飯作っておきましたから、お腹がすいたらつまんでください」
分かった、と探偵が云ったそのすぐ後で、木場刑事がその夜食に手を付けたらしい。
「ああ！ 木場の旦那、それは先生のですよう！」
「あいつは神なんだろ、霞を食って生きてんだよ。これは俺が食ってやる」
「美由紀さんのもあるんですから」
「なんだよ、じゃあしょうがねえな。これだけはお嬢に残しておいてやろう」
「オニギリだけじゃないですか！」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声はひどくうるさくて――、でも安心する。思わずくすりと笑うと、くる――と探偵の顔が振り返った。
「女学生君？」
私の黒い目よりも、探偵の淡い目のほうが暗闇での視界が良いという。窓から入るかすかな外の明かりが探偵の姿を浮かび上がらせているけれど、彼の目には私の姿がより鮮明に見えているのだろうか。
「気分はどうだい」
お手洗いに行きたいと訴えると、探偵は了解、というように笑った。
「それは気づかずに失礼」
探偵は私の手を取り、身体を起こすと、跪いて私の足に靴を履かせてくれる。立ち上がって手を引いた。
事務所のドアを開いて探偵が叫んだ。
「姫のお目覚めだぞ！」
おおお、と益田さんたちが叫んだ。
拍手喝采。
私は事務所の明かりがまぶしすぎて目を開けていられない。まるでネコのような手つきで目を覆うと、探偵の背中に身を寄せた。
ずきずきと、眉間やこめかみの奥が痛くて、足元がふらついた。
「女学生君？」
「頭……痛い」
「礼二郎、まだ寝かせておけよ」
「分かってる」
探偵は手洗いに私を誘導して、出てきた私を再び寝室に戻した。
「大丈夫かい」
こく、と私はうなずいたが、ぜんぜん大丈夫じゃない。
頭が割れるように痛いのだ。
何だろう。風邪でも引いたのだろうか。めまいもするから、きっとそうなのだろう。
「すみません……」
探偵はなんで謝るんだ、と笑った。
自分でもよくわからない。ただ、迷惑をかけて、探偵の手間を掛けさせていることだけは確かで。
女学生君、と探偵は云う。
「僕に何かしてほしいことはある？」
私はぼうっとした瞳のまま探偵を見た。彼の言葉を脳裏で反復。そう、何かしてほしいことはあるか、と。
「探偵さんは……」
「ん？」
「私に何かしてほしいことがありますか」
逆に聞けば、探偵は楽しそうに笑った。
「女学生君にぎゅっとしてもらいたいね」
私は軽く目を見開き、次の瞬間、ふふふと笑った。とても楽しくて、嬉しくなってしまったから。
じゃあ、――と云った。
「私もぎゅっとしてほしいです」
あなたが「神様」にひとつだけなにかしてあげられます。
「修ちゃん！」
事務所のドアをバンッと開いて探偵が叫んだ。
「なにが修ちゃんだ、気持ち悪ィ」
木場刑事が投げてきたのか空の酒ビンを見事にキャッチして、探偵は再び叫んだ。
「女学生君がとてもかわいいのだ！」
「……」
シン、と事務所が静まり返った。
「ああそうかよ、じゃあ、天骨でも嗅いでろ」
「うんそうか！ そうする」
「ちょ！ まっ！ なに云っているんですか！ 木場さんも榎木津さんも！！ 赤ちゃんをかわいがるのと訳が違うんですから！」
「うるせえぞ、益五郎」
「誰が益五郎ですか！ ええもう、益五郎でも益太郎でもかまいませんけどね」
「なんだお前ぇは、礼二郎が何かするとでも思ってんのかよ」
「いま、そう云ったじゃないですか！」
「お嬢は十三か十四だろ」
「もう十四ですよ！」
「まだ――だろ、さっきから何の心配をしてやがる。落ち着いて飲んでろ。あいつは何もしやしねえよ」
「そのとウりだッ！ さすが豆腐頭は僕のことをよく分かっている！ それなのに下僕が神を疑うとは不遜にもほどがあるぞッ！ お前たちも見習えッ！ そして死ねッ！」
「うへえ！ 死なないといけないっすか」
「そうだッ！ マスヤマはそこの窓から飛び降りろ。お前たちは下僕のくせに主を敬うということを知らなさ過ぎる！ 僕が女学生君になにをするというのだッ！」
「美由紀ちゃんの手を握っただけでも犯罪ですよ！ 匂いを嗅ぐなんて死刑に値しますっ！ そうでしょう木場さん！」
「ああ、まあそうだな」
「ほら！」
探偵が事務所のほうにつかつかと歩いていくと、きゃん、と犬のように鳴く益田さんの声がした。おそらく、調子に乗る男の尻を探偵が蹴り飛ばしたのだろう。
「豆腐男もどっちの味方なのだッ！ 僕が女学生君に何もしないと胸を張って主張しろっ！」
「ああ、しねえしねえ」
「心がこもってないぞ！」
「しねえよ、しねえ」
「聞いたか下僕ども！」
うわははは！ と高らかに笑った語尾に、木場刑事の呟きが重なった。
「たぶんな」
「…………」
「………」
「……」
「石鹸男ッ！ なにがたぶんだッ！」
探偵は軽く暴れて、木場刑事を筆頭に事務所にいた全員を事務所から追い出してしまった。
「先生！ あっしもですかい！」
悲鳴のような和寅さんの声が遠い。
「和寅、ほっとけ。あいつはなにもしやしねえよ」
木場刑事の言葉を最後に、事務所は今までの喧騒が嘘のように静まり返った。突然、「あ！」と叫ぶ探偵の声がした。
「どうせなら片付けさせてから追い出せばよかった！」
探偵は大きな声で文句を云いながら、散らばった酒宴のあとを片付けはじめたが、おそらく台所からゴミバケツを持ってきて、灰皿や酒ビン、残飯も皿ごと全部そこに突っ込むという大雑把な仕業であることは簡単に想像がついた。
探偵は事務所の電気を消して、再び寝室に戻ってきた。
私は――。
探偵たちの声が煩すぎて、寝台の上で身体を丸くしてうめいていた。
ガンガンと、頭が割れるように痛い。
「女学生君」
探偵が慌てて駆け寄ってくる。
「どうした」
「頭が痛いです」
「ああ――回ってきたか」
回る？
確かに頭がぐるぐると回っているような気がする。
何でこんなに頭が痛いのだろう。
「私、もう帰らないと……」
「夜の九時を過ぎているよ。寮の門は閉まっている」
「じゃあ、急いで帰らないと……」
「だから、もう閉まっている。寮には電話をした」
「……電話」
「もうした」
「……」
ならいいのか、な。
頭がよく回らない。
探偵が私の頭に手を置いた。
「今日は泊まっていきなさい」
「泊まる……」
どこに？ ぼんやりしている私に、探偵はにっこりと笑った。
「ここにね」
「ここ……。探偵さんも泊まりますか」
「もちろんだよ、女学生君」
探偵が笑った。混乱している私が楽しいのだろうか。
「僕は隣の部屋にいるから」
頭に乗っていた手が離れると、とたんに頭痛が起こる。私は顔をしかめつつ、探偵が立ち去る前に彼のズボンを握った。――行ってほしくなくて。
どうしたら、探偵を引き止めることができるのだろう。
「女学生君？」
いつもなら元気な探偵の声は、今は低く囁くように優しい。
「どうした」
長い手が伸びて、指が頭に軽く触れる。すると、魔法のように頭痛が消えた。
「……っ」
私はどんな顔をしたのか、探偵は苦笑して寝台に腰を下ろした。
「なんだ、僕にここにいてほしいのか？ そんな顔をしていると襲われるぞ」
私の両頬をムニッと指でつまみ、探偵は声を出して笑った。
「そういえば、あいつらのせいで忘れていた」
「――ッ！」
探偵は私の肩に腕を回すと、そのまま抱き寄せて寝台にごろんと横になった。
「た――探偵さん！」
「うわははは！ ほら、ぎゅっとしたぞ！」
天骨を嗅いであげよう、と云って探偵は私の頭に顔をうずめた。
天骨って何、と私は混乱する。だが、探偵はシャンプーの匂いがする、と云って笑った。
「良い匂いだなあ」
探偵は私の頭に顔をうずめたまま、何度も鼻で息を吸った。胸元が大きく動く。
――不思議。
私は探偵に身を任せたまま、その背に腕を回した。
ほら。
探偵がそばにいると頭痛が消える。
「お。にゃんこがおとなしくなったな」
探偵は笑って私の頭上に口付けた。
――ここはとても心地良い。
「あとで……」
私はつぶやいた。
「私もぎゅっとしてあげますね」
「――」
返ってきたのは沈黙。
次の瞬間、はは、と探偵が笑った。
「うん！ それはいいッ」
探偵の嬉しそうな声がして、私も笑った。
「神様」にひとコト
次に目が覚めたのは、かすかに呻く声を聞いたからだった。
身体に回された探偵の腕が強張り、冷や汗をかいている。
「探偵さん……？」
返ってくるのはかすかな呻き声のみ。呼吸が乱れ、鼓動も早い。
「探偵さん」
声をかけても目を覚ます様子はなく、私は焦って探偵の腕を退かして身を起こした。探偵の頬を包むように手を当てると、汗で濡れているのが分かった。――いや、汗なのか、涙なのか。
ああ、と思う。
夢を見ているのだ。
「探偵さん」
繰り返し繰り返し、それは本人の気づかぬままに心を蝕み続けている。
私は悲しくなって唇をかんだ。
以前にも、寝ている探偵を起こそうとして同じような場面に遭ったことがあった。
「探偵さん」
そっと囁くようにつぶやく。
「大丈夫ですよ」
私は身を屈めて、探偵の額に口付けた。何度も優しくささやきながら、まるで子供をあやすように額に口付ける。
身体を横にすると、そのまま探偵の頭を抱き寄せるようにして身を丸めた。
探偵にかける言葉など思いつかない。何に苦しんでいるのかすら分からない。それでも、私はここにいるから安心して欲しいと――それだけを強く思う。
「大丈夫……」
探偵が苦しんでいた私を救ってくれたように、私も彼を救えたらいいのに。
「大丈夫。私はここにいますから」
一人ではないから。
ここは安全だから、だから、安心して寝てほしいと願う。
しばらくすると、探偵の呼吸がだんだんと落ち着いてきて、汗も引いていくのがわかった。
「女学生君……？」
かすかな声に、私は目を開けた。
はい、と囁くと、小さく笑う声がした。
「少し寒いな」
まるで暖を取るように、探偵は私を抱き寄せた。
窓から入ってくる風が寒くて、私もまた探偵に身体を寄せた。確かな熱源は、私を包み込んで満足そうに息を吐く。部屋全体が寒くなっているので、余計に暖かく感じるのかもしれない。
「窓……閉めましょうか」
うん、と探偵が云うので、私が腕を伸ばして窓を閉めようとすると、それよりも早く探偵の腕が伸びてきて窓を閉めた。
探偵はそのまま私に覆いかぶさるようにしてくすりと笑った。
こつん、と額を合わせて。
「逃げないの？」
楽しげに探偵が囁いた。
私は探偵を見つめて、目を逸らすことなく云った。
「逃げません」
私は小さく笑う。
だって、怖くないから。
探偵はしばらく私を見つめたあと、うん、と云って私の横に身体を倒した。身体を大の字にして、何が楽しいのか、探偵は突然声を出して笑い出した。
「女学生君。今、何歳だっけ？」
１４、と答えると、探偵は鸚鵡返しにそれをつぶやいた。
「１４か……」
何が楽しいのか、くふんと笑う。
「楽しみだね」
「何がですか」
「待つのが」
「待つ？」
「そう」
君を、と探偵は笑った。
意味が分からない。
それでも、待っていてくれるという言葉がとても幸せに思えて私は笑った。
そのうち、初めて出会ったときのように「鈍い鈍い早く来なさい」と催促するようになるのだろう。
それでも、置いていかれるよりはずっといい。私はこれからもずっと探偵のことを追いかけ続けるのだ。
「待っていてくださいね」
囁くように云うと、うん、と探偵が云った。
それはまるで夢の中の出来事のよう。
いつまでもここにいることができたらいいのに――。
「探偵さん」
暖かな場所が、心地よい眠りを誘う。
おやすみ、と探偵が静かな声で囁いた。
探偵のゆっくりと穏やかな鼓動に、私は安心して目を閉じた。
了
【○○様バトン】
2006.08.28
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