京極100のお題（榎木津×美由紀）
９１．上手
「すごいすごい！ 上手になったわねえ〜！」
お手玉をしている三歳くらいの子供に母親が両手を叩いて褒めている。
その微笑ましい光景に思わず笑みが漏れた。
「上手になったって褒められるのって嬉しいですよね」
だって、上手になりたいとがんばっているのだから。
探偵は握った私の手を揺らして笑った。
「女学生君も上手になってきているよ」
「本当ですか！？」
お世辞でも嬉しい。思わず頬が紅潮した。
「ありがとうございます」
えへへ、と笑う。
「探偵さんの好みもわかってきたし」
「うん」
「舌に自信もついてきました」
「うん」
「昨日のは自信作なんですよ。千鶴子さんのお墨付き」
「千鶴さんの……」
探偵は立ち止まり、怪訝そうに瞬いた。
「キスの話じゃないのか？」
「――――は！？ なんで！」
あ、と私は今までの会話を思い出して真っ赤になった。
「料理の話です！」
９２．姫
あけましておめでとうの挨拶もそこそこに、探偵が云った。
「お正月といえば姫始めだよ、女学生君！」
私は瞬き、首をかしげた。
「そうなんですか？」
「そうだとも！」
ひめはじめ……ってなんだろう。福笑いとか羽子板みたいな、正月にやる遊びだろうか。
探偵がにっこりと笑う。
「姫始めしようか」
とても楽しそうに云うので、いいですよと笑顔で返したら、彼は驚いたように眼を開いて、うふふと笑った。
「せっかくの晴れ着なのに脱がすのはもったいないなあ」
「は？ そんなに大変なんですか」
「うん」
探偵は身を屈めると、いきなり口付けてきた。
「――！」
私は驚いて探偵の頬を殴ってしまう。
「探偵さん！」
「女学生君！」
頬を押さえて、探偵が叫んだ。
「いきなり何をするのだ！」
それは私の台詞だ。
「いきなり何するんですか！」
「しかもグーじゃないか！」
「今度はチョキで眼をつぶしますよ！？」
「せめてパーにしなさい！」
本当に何をやっているんですかい、とおせち料理を運んできた和寅さんが呆れたように云った。
９３．浮気
「美由紀ちゃんも大変だねえ」
人妻の浮気調査から帰ってくるなり、益田さんが疲れた様子で溜め息をついた。
「何がですか？」
「浮気できなくて」
「……は？」
「だって、浮気したらすぐにバレちゃうじゃない」
榎木津さんに、と云って探偵助手は溜め息をつく。
「ああでも、目をつむっていたらバレないか」
探偵は、益田さんの発言を聞くなりバカモノと叫んだ。
「女学生君が浮気をするはずがないだろ。僕一筋なのだからな！」
「そんなことありませんよ」
私はにっこりと笑った。
「私、たくさん浮気してますもん」
ええ、と驚く男ふたりがそれぞれ慌てた様子を見せるが、私はくすりと笑った。
同じ人を好きになったり、嫌いになったり、本当に忙しいのだ。
９４．戦時中
「こんなところで死ぬなんて馬鹿で愚かだぞ！」
僕たちの上官が云い放つ。
「生きていれば可愛いお嫁さんが見つかるかもしれないじゃないか！ その娘の為にも生きろ」
眉目秀麗でスタイルも良く、家柄学歴にすら文句のでない青年将校は、お国の為に死ねとは云わず、いつか出会う誰かの為に生きろと云った。
きっと彼ならば、国に戻れば嫁にしてくれ、婿になってくれと相手のほうから群がってくるだろう。
誰もがそう思ったが、逆に多すぎて選べなかったのか、彼は戦争が終わった後も独身のままだった。
あの性格では奥さんになる人も大変だろうと思ったから、それは特に驚くべきことではなかったが。
「ああ……」
なるほど。
彼女を見て僕は笑う。
ちゃんと、彼は可愛いお嫁さんを見つけたのだ。
９５．猫
探偵は猫が好きで、赤ちゃんが好きで、女学生が好き。
なら、もしもその三つが目の前にあって、たったひとつしか選べないとしたらどれを取るのだろう。
――ふと、そんな疑問が浮かぶ。
彼のことだから、きっと全部と云うに違いない。
ひとつだけ、と云っても、「全部！」と云ってきかなかったりするのだ。
くすりと私が笑うと、猫を抱いた探偵が小首をかしげた。
「女学生君？」
私は手を伸ばし、猫の頭をよしよしと撫でた。
「嘘でもいいから、私だって云ってくださいね」
了
【京極100のお題 91〜100】
91：2007.10.28
92：2007.08.27
93：2007.08.20
94：2007.08.15
95：2007.08.21
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