永遠を誓った二人のお題（榎木津×美由紀） ※夫婦設定。
01. 健やかなるときも、病めるときも
「なんで！」
美由紀の前で僕は仁王立ち。
「なんでも！」
真っ赤になった彼女は、目をぎゅっと閉じて、僕を遮るように両手を前に出している。
「いつも一緒にいると誓っただろうが！」
「誓ったけど！」
美由紀は壁に背中をつけて後がない。
「いきなり一緒にお風呂はちょっと……！」
「何がちょっとなのだ」
「恥ずかしい」
「恥ずかしくなんかないぞ」
「探偵さんはそうだけど」
私は恥ずかしいんです、と美由紀は譲らない。
僕は呆れた。
「今更、じゃないか？」
「そうだけど」
「初めてじゃないし」
「そうだけど」
「結婚する前はよくて、結婚したらだめなのか？」
普通は逆だ。
美由紀は頑なに僕から視線をそらしている。そのぶらぶらしているものを早くなんとかしてくれと云わんばかり。
まったく。
「こういうものは一緒に入ったもの勝ちだッ！」
「勝ち負けじゃないと思います」
「いいから入る！」
美由紀の両手を取って強制連行。
ずるずると引きずって。
いやあああ、などと美由紀は云っている。ああなんて往生際が悪いのだろう。
「寒いときも、暖かいときも、これを愛し、これを慰め、真心を尽くして一緒にお風呂って宣誓したじゃないか」
「そんな宣誓してません」
「じゃあ、今しよう」
美由紀の細い腰を引き寄せて、驚く彼女に笑った。
「起きるときも、寝るときも、お風呂も、ご飯も、いつも一緒だよ奥さん！」
02. 僕を待つ灯火
「ただいま」
ソファーで眠っている彼女の額に口付けて、ベッドに運ぶために彼女を抱き上げた。
「こんなところで寝ていると風邪を引くぞ」
「ん……」
運んでいる途中で、もぞ、と動いた彼女が目を覚ます。ぼんやりと僕を見上げて、へにゃりと崩れるように可愛く笑った。
「おかえりなさい……」
「ただいま」
ベッドに下ろして、彼女に口付ける。そのまま彼女の頭を枕に押し付けるように唇を重ねて舌を絡ませると、美由紀は首に腕を回して応えてくれる。
「ん……っ」
小さな喘ぎすら可愛く。
寝ぼけ眼の彼女は、いつもより少しだけ甘えてくれる。それが嬉しくて、彼女の名前を囁くと、熱い吐息を漏らすように彼女は口を開く。
「礼二郎さん」
探偵さん、と結婚してからも僕を呼ぶ彼女は、睦言でのみ名前を口にしてくれる。
結婚した友達が、夜になるときちんと帰ることを不満に思ったこともあったけど。
「何で笑っているの……？」
美由紀が不思議そうに首をかしげた。
僕は笑う。
「嬉しいから」
彼女がいなれば、得ることも、知ることのなかった灯火。
03. 記念日じゃなくても
両手いっぱいの真っ赤な薔薇の花束を持って帰る。
はい、と云って渡すと、美由紀は目を大きく見開いて「わあ」と云った。顔全体で驚いているから嬉しくなる。
「どうしたんですか、これ」
「買ったんだ。――奥さんに」
「私に？」
「うん」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑った美由紀の視線が、ちらりとカレンダーに走った。
――今日、何の日だったかしら。
そんな脳内の声が聞こえてきて、僕は笑った。
04. 指輪の跡
夕方には帰ってくるはずの美由紀が、夜九時を過ぎても帰ってこない。
心配を通り越して不安に襲われると、人は動けなくなってしまう生き物らしい。
深夜になって、探しに行こうとビルを飛び出したら、灯りのない通りを駅のほうから月夜に照らされて美由紀が歩いてくる。
「美由紀！」
声をかけると、彼女はビクッと怯えたように立ち止まった。その様子に悪い予感がして駆け寄れば、指輪を落としてしまったと美由紀が泣いた。
彼女自身に何かがあったわけじゃないと分かって、力が抜けた。
どこで、と聞くも、わからないと云う。
冷えて震えた手足。指輪がなくなったことに気づいてから探し続けていたのだろう。
凍えそうな彼女を抱きしめて、また買ってあげると云ったが、彼女の涙は止まらない。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいと謝って。
美由紀がこんなにボロボロと泣くのは久しぶりだ。
手を引いて連れ帰り、毛布に包んでベッドに座らせる。
「大丈夫」
美由紀の左手を包んで、ほら、と彼女に笑った。
ほっそりとした薬指には白く、リング状の日焼け跡が残っている。
「ちゃんと指輪はあるじゃないか」
05. 日頃の感謝を込めて
今日は初めて彼女と出会った日。
「つまらない日常を面白いものにしてくれた君に感謝しているよ」
帰ってくるなり額に口付けて、いきなりそんなことを云ったら、美由紀は軽く瞬いてから、少しだけ怒ったように唇を尖らせた。
「それは、私の台詞です」
「そうか」
「そうです」
うわははは、と僕は笑って、彼女をすくうように抱き上げた。
美由紀は「わあ！」と云って、僕を見下ろした。
僕は嬉しくなってしまう。
「奥さん！」
「なんですか？」
「これからもよろしくね」
「――」
美由紀はふわりと笑って、僕の首に腕を回した。
「それは私の台詞です」
06. 雨の休日の過ごし方
「奥さん、お手」
はい、と云って探偵が私の目の前に手を出すので、思わず右手を重ねた。
よくできました、というかのように彼は目を細めて楽しそうに笑った。
「奥さん、お代わり」
「私は犬じゃないですよ」
「知っているとも」
また手を出すので重ねてしまう。これはもう癖――なのだと思う。
うふふと笑いながら、彼は私の手の平を押したり擦ったりひっくり返したり。ストレス解消になっているのかしら、とこのごろ思う。
「肉球〜」
ムニムニムニ。
「猫じゃないんですから」
「知っているとも。僕だって猫じゃない。でも、猫でもいいなあ」
探偵は私の手を弄って遊んで、両手を封じると、意味もなく口付けてきては笑う。
「僕にも」
「はいはい」
私は彼に口付けを返した。
拒否すれば、「ちゅうちゅう！」と延々と云い続けるのだこの人は。もちろん、他人がいるときには無視するけれど。
もう、本当に子供みたい。
私が苦笑すると、探偵はニコニコと嬉しそうに笑った。
07. それでも溢れる独占欲
結婚すれば少しは落ち着くんじゃないか？
そう云ったのは中野の古本屋だけれど。
――どこが？
「僕の」
そう云って私を抱き寄せるこの人には、独占許可を与えてしまっただけのような気がする。
08. 途中まで一緒に
「ハンカチとちり紙は持った？」
「持った」
「じゃあ行こう」
「はい！ 行ってきまーす」
行ってらっしゃいまし、と和寅の見送りを受けて、二人で事務所を出た。
「今日は何時に帰ってくる？」
「五時前には」
「じゃあ、待ち合わせてどこかで食べよう」
階段を一階までおりて、外の通りに出る前に口付けを交わす。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
美由紀の言葉に僕が返して、彼女の言葉にまた返す。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
僕は笑って、彼女の額に口付けた。
いつもは見送るばかりだけど、たまに一緒になる朝も悪くない。
09. 今日は僕が作るよ
誕生日に何が欲しいのかと聞けば、美由紀は僕の手料理が食べたい、と云った。
「カレーしか作れないぞ」
「はい」
カレーが食べたいです、と彼女は云った。
だから、僕は彼女のためにカレーを作る。結婚する前も、結婚してからも、そしておそらくこの先ずっと、彼女の誕生日には僕がカレーを作るのだろう。
贅沢を望むなら、これ以上ないほどの贅沢を叶えることも可能なのに、彼女はそれをよしとしない。
でも、彼女はこれ以上ないほど贅沢だと笑うのだ。
「私のために探偵さんが作ってくれるんですよ？」
彼女が望むなら、いつだって作ってあげるのに。
――君がこの世に生まれ、僕と出会い、選んでくれたことを感謝しよう。
美味しい、と云って嬉しそうに食べる彼女の顔を見ていると、僕がプレゼントを貰っている気分になる特別な一日。
10. この命ある限り
榎木津礼二郎は百二十歳くらいまで生きるだろうとみんなが云う。
だったら、私も百歳まで生きなくちゃ。
いつも。
いつまでも。
これからもずっと。
彼と一緒にいたいから。
「探偵さん、長生きしてくださいね」
彼の目を見て云えば、探偵は呆れたように云った。
「もう死ぬことを考えているのか？」
違いますよ、と私は笑った。
「生きることを考えているんです」
了
【永遠を誓った二人のお題】
2009.01.18